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スターピープル 創刊号 掲載(2001.4.ナチュラルスピリット刊)

光の種があふれだす時…
        An Interview with  チャンパック 
 軽妙な意識の奔流……。
 彼のエクトン通訳は絶妙で、エネルギーがぴったりと重なっており、間に立って言葉を置き換えてくれていることさえもふと忘れてしまう。今回のインタビューで彼が頻繁に語ってくれたことの中に、「心に真実と響くものを大切にする」という姿勢があった。その一点をしっかりハートの中心に据えて、人と人の間を、次元と次元の間を、飛翔する彼がいる。
 チャンパックという名前は20代のころ和尚ラジニーシからもらった名前で、聖なるデザインの香しき瞑想の花のことを意味するそうだ。そんな彼にも、かつては今からは想像もつかないほど人生全体が覇気を失い、このまま消え入ってしまいそうに低迷した時期があったという。でも、立ち直った。すれすれのある日、大いなるエネルギーというものを体験…。とにかく彼は今、私たちの目の前で子供のような純真さをたたえて笑う。天然なその声に、気立ての良さ、誠実さが満ちている。どんなふうにここまで来たのか、何を意図しているのか、そしてどこへ向かおうとしているのか…、さわやかな秋晴れの一日、三鷹の天空の部屋にてお話を伺いました。

■エクトンとの出会い
 85年のある日、知り合いからエクトンのアメリカでのセッションテープをもらったんです。初めて聞くエクトンの声は、こんなことを言っていました。『この世界で癒さなくてはならない不完全なものがあると考えるのは、皆さんの幻想です。たとえ外見上、癒さなくてはならないように見えるものがあっても、全てはその瞬間のその状態で完全性の表れなのです。ひとつの完全な状態から、より好む別の完全な状態へ移行することはできます。でも、欠如した状態から、完全な状態へは移行することはできません。ふたつは別のものですから。皆さんが世界を何か欠けたところのあるものと見なせば見なすほど、不完全である世界を目にすることになるでしょう。だから、何か困難さが表面上にあるように見えても、今の瞬間を「自分が選択した完全性の現れだ」と知ることです。キリストは、表面上は病んでいる人に接するときでも、その内側にすでにある完全性に寸分の狂いもなくフォーカスしました。その真実に本人が共鳴し、身体にもそれが反映されて治癒という形で現れたのです。ここに欠けている人がいて治してあげるというのは真実ではありません。世界全体に対しても、個人を見るときも同じです。』そうだ、そうだと感じて、涙がこぼれてきてね。しばらくの間、自分の心に刻み込むようにひたすらテープを書き起こしていました。

■大いなる知性
落ち込みから徐々に浮上していくにつれて、自分が大いなる宇宙の一部であることを実感し始めました。人生に困難な時期が訪れている時でさえ、それ自体がその人を導く自然の摂理の現れなのかもしれない。そのとき、その導きに歩調を合わせるすべ、もし幾つかのヒントを知っていたなら、極端に自己否定したり迷ったりしないで前に進めるのでは…。あんな自己不信の中にいた自分でさえこんなに導いてくれるんだから、よっぽど宇宙って寛大なんやで!という深い思いが育ち始めたんですね。リチャードの通訳の仕事が舞いこんできたのは、その頃です。彼らの存在は、とうに意識の中からは消えていたのだけれど、初めから、一緒に仕事をできる喜びというか、充実感を分かち合えましたね。
 そんなある日、88年頃、オリンの本の原書やテープに出遭ったんです。そこには、エネルギーの法則についてわかりやすく書かれていました。豊さとは何か。内なる導きに従うこと。あなたをもっともエキサイトさせるものをすること、深い確信のあるものを…。彼らの提案しているエネルギーワークがとても自分の体験や感覚に近かったんですね。うまくエネルギーを共鳴させるすべを知っていれば、適切な形であなたの元へやって来やすい。でも、役に立たないものであれば来ない。おもしろかったですねえ。また、夢中でほとんど書き起こしましたよ。全部自分のため(笑)。でも、これだと誰にでも応用して使えそうな感じ。その資料を見た友人がとても興味深い内容なので、チャンパック、これをテーマに君がスタディー・グループでも始めてくれないか?と言ってくれたことがきっかけで、ワークショップが始まったんです。

■僕らの時代が持つダイナミックな可能性
 僕には、もとからワークショップや通訳が目的ではなかったんです。手探りの自分なりの人生のうちで、大事だとなと感じた、心が響き真実だと感じたことがあって、それを確認したかったのだと思う。そして、それを手渡すことで役立つなら、同じようなことを求めている人がいるなら伝達していきたいと感じていたんです。精神世界に特に興味があったわけではなく、僕らが生きている時代の性質、そして、そこで何ができるかということ、多分、存在する目的等について本当に興味があったのだと思います。自分自身の経験や気づき、いろいろな人々や情報との出会いなどが、自分の中でとりあえず立体的にまとまり始めるにつれて、以前からどこかで知っていたことを、まるでくり返しいろんな角度から改めて確認しているようにすら感じることがあります。「自分自身の心に真実だと響く」というのは、言いかえると「やっぱりそうだったのか!」なのかもしれませんね。そして、僕らが生きているこの時代は、たいへんな困難に直面しているように見えるけれども、同時に大きな飛躍の可能性も秘めている…と実感するようになってきたんですね。
 以前、通訳をしていたチャネラーのペニー・ピアスの話でこういうのがありました。地球上には今まで、いろんな光の種が蒔かれて来た。キリスト、仏陀だけでなく、母親が子供を愛するような愛などすべて、いろんな形の愛。それらが、地球上の時間の流れの中でエネルギーとして残留するというんですね。ずっと蒔かれ続けそれらが、水滴が大河となるように臨界量に達する時を多分僕らが生きている間に迎えるだろうと。こういったことは複数の文献でも言われていますが…。そして、人の振る舞いが変わるには、やはり意識の変革が鍵なのだと思います。
 エネルギーワークをやっていて情熱を感じるのは、宇宙全体に満ちていて密度が濃くなりつづけている愛のエネルギーと言っていいのか、その全体の一部である自分を認識するところですね。そこには、創造性と無尽蔵のエネルギーがあり、そのエネルギーをどこに共鳴させるかは自分で自由に選べるのです。エネルギーのパターンはより大きく安定しているパターンに同化していく性質があるらしいので、宇宙の創造した、すでにそこにある完全性にフォーカスするだけでいいのです。

取材・文:碓井 真理子(Text by Mariko Usui)

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スターピープル創刊号(ナチュラルスピリット)より転載許諾済
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